五の章  さくら
 (お侍 extra)
 

    東 風 〜またあした

       六の章



 甘い紫がかった空が、それは晴れ晴れと朝一番に差した最初の光を、その隅々にまで満遍なく行き渡らせて。今日の本日は、暦から割り出したところの春の到来を指す日なのでと。生花も造花も取り混ぜて、花王たる“桜”を掲げて祝う祭りとするのが、この…虹を冠した夢の街の、春の一番最初の恒例行事だったりし。差配が不在な現状ではあれど、遠来の隊商らへと街の安泰 誇示すべく。節季毎の祭りは欠かせないからと、組主らが誰ともなく言い出してのこの運び。そう、微妙に不安定な春ではあるが、それでもだからこそ欠かしちゃあなんないだろよと、この恒例のお祭り、今年も華々しく催されることとなっており。

 「花の車が出るんだってね。」
 「中階の広場からだよ、行こう行こう。」

 そんなせいでだろう、ずんと下層の薄暗くも寂れた場末であれ、行き来する人らのお顔には、どことはなく華やいだ空気が感じられ。お祭りのにぎやかさが素直に好きな子供らはもとより、綾磨呂が不在でも それなりの余興やにぎやかしはあるらしい、振る舞いの酒や食い物もあるやも知れぬと。そんな話に乗せられて、特に用事はないけれど、出し物への見物に中層辺りまで出向こうかいというクチも 今日だけは多い。そして、そういう人々の動きや流れを見越しているのが、街の治安維持を託されたとの自負の念も強い警邏隊とそれから、

  ―― 見物の旅人も多かろうからの、大門の人別も日頃よりは緩くなろうて。

 他の里や町での、浪人らによる暴動や蜂起といった不穏な噂を知らぬでなし、警戒をしない訳じゃあなかろうけれど。それでも…大門を締め切りでもせぬ限り、完全規制なんて不可能な話。それに、何の憂慮もありませぬという威容を示したくての祭りなら、尚更に人の出入りを止めるのは本末転倒。締め切る格好での厳重な警備は、今までと同じくご法度だと、

 “…などと嘯
(うそぶ)くだけでいのだから、組主たちも気楽なものよ。”

 手落ちがあったら責任は現警邏隊長が負わされよう。うがった見方をするならば、実がそれが狙いだという組主もおるやも知れぬ。今もなお 綾磨呂に恩義を持ち続ける隊長では扱いがたいとする空気もなくはない今、何やら起きたらその責を追わせて隊長を放逐。その後、あらためて“やはり誰ぞが頭をおさえるべく手綱を取らねば”なぞと言い出す存在が現れて、その支配下に無理から従うよう持って行かれかねぬ。町の仕組みを少しずつ、我が物にしてゆこうという顔触れには事欠かぬが現状で、気持ちは判るがそれだけの器が追いついている存在が彼らの中にいるかといやぁ。大手を振っての自信満々に、我こそが次の差配だと名乗り上げをする者が出ぬことが、それは端的に現状を物語っていると言えたし。例えば いずれかの組主が立ったとしても、

 “まだ、あの髭面の方が統率力や何やは上だろさ。”

 敵対関係にあった互いの立場そのまま、彼岸と此岸へ別れた格好の、あの壮年のもののふを。貶めの譬えにするつもりで、ふと思い浮かべてしまったものの。そんな胡亂な奴の立てた手立てへ乗っかろうという自分なのへと気がついて、ちっと舌打ちしたところへ、

 「隊長っ。」
 「どうした。」

 本部詰めの衛士が一人、執務室へと駆け込んで来た。その手にあったのは結構な長さの矢が一本。何がどうしたと彼が言い出すより早く、その細い眉をひくりと震わせた兵庫殿だったのは言うまでもない。デスクの上へ両肘をつき、重ねた手の甲で細い顎を支えていた彼が、

 「……来たか。」

 そこへと結ばれた文をあらためるためか、無造作に手を伸べたのを見て。ああこれは隊長殿が手配しておいでだった代物だったのだと、衛士が気づいて姿勢を正す。恭しく捧げられた矢文を手にし、後戻り出来ぬ一日の幕開けをその胸へと実感した隊長殿の表情は、だが、血刀掲げてという物騒な戦いへと挑む覚悟を抱いたにしては、久しく見なかったほどに晴れやかな鋭気に満ちていた。





       ◇◇



 冬場の大荒れな姿なぞ欠片ほども匂わせぬ、それはそれは静かな砂の丘を越え。春の穏やかな黎明の明るさを背負うようにやって来た旅人らが訪のう東の大門が、こちらはそれは厳かに、威容さえ感じさせるような重々しさにてゆったりと開く。それほどに重い、大きな石作りの門戸だからというのもあって。以前は内側へ開くのが常だったそれ、今は外へと大きく開く、そのすぐ間際には。開ける役目の力自慢な仕丁らとは別口、衛士らが柵のように居並んでいて。誰何を問いかける声さえ振り切っての、怒涛のように押し寄せようとする陣営あれば、その鼻面を叩いてやらんという防御の陣。とはいえ、本当に必要だったのは何年も前の戦後の混乱期くらいのもので、しかもその折の衛士らは、半数が門の内側を向いていたとか。借財や犯罪への罰として労働を強いられていた顔触れが寄せ場を脱走した場合の、街の外へまで飛び出させぬための最後の砦を担ったらしく。さすがに、今の今ではそのような恐れもなくの平安なもの。この町の人々の生活仕様というものが定まったのと…それから。

  あまりにぎゅうぎゅうと締めつけ、
  見せしめをかねた厳罰を用意すれば、
  諸悪はどんどんと地下へ潜ってしまい、
  より一層 把握や追跡が困難になりかねぬから。

 そんな先にて肥大されては後々が面倒なのでと、微妙ながら…小さな区画に限ってという級の“頭目”だの“顔役”だのが幅を利かせられる程度に、その支配の手を緩めるという、いわゆる緩急も心得ていたところが、綾麻呂の抜け目のなかったところと言えて。そういった“隙”を作ったことを棚に上げ、そういう“物騒な”風潮はなかなか拭い切れるものじゃあなしという“大義名分”の下、身の回りに腕の立つゴロツキを“用心棒”として侍らせやすくしたわけで。それほどの老獪さなくしては、こうまでの街の発展と自らの地位の保全と、その両方をたったの一代でというすみやかさで進めることは出来なんだということか。

  ともあれ

 そっちの意味からも必要を迫られる出動でなくなって久しいこの立ち居、今では遠来の旅人たちへの歓迎という意味合いのほうが強いそれと化しつつあり。なればこその一糸乱れぬ立ち居振る舞いにて、槍より大ぶりの鉾を手に手に、開門を告げる鼓の連打に合わせ、小気味のいい足取りで左右対象に動き出す様は必見であり。真ん中、中央の衛士を居残し、左右の端から順に前へ前へと前進し、無謀な突進があってもそれを端から削りもって受け止めんという陣形へと隊形を変えてゆく。大きな門には似合いの勇壮なセレモニーではあるが、実際に人々が通過するのは此処じゃあなくて。脇に設けられた“人別”の監査を受けてから、その背後にある小さめの…といっても荷車や馬車が余裕で通れるだけの立派な“耳門
(くぐり)”を通ることとなる運び。なので、訪れた側の人々は、慣れていればいるほどにこの儀式にも関心は寄せず、さっさと耳門の方へと向かい、手続きよろしくと係官と向かい合う。

 “此処の衛士や検問係は、警邏隊とは微妙に管轄が違ったらしいが。”

 綾摩呂の私設部隊の延長ようなものという発祥は同じでありながら、警邏隊はあくまでも虹雅渓内部の治安維持部隊、こちらの衛士らは来訪者相手の防衛隊と、それぞれの担当する部署に合わせた特化が進み。その結果、頂点に立つ責任者は差配というこの街の長でありながら、人員も方針も交わることのない別々な組織と化していたものが。差配の交代やその後の混乱を経て、双方ともに統率形態が揺らぎかけ、そのままでは無法者による荒廃へなだれ込む恐れありと見た現警邏隊長以下、有志が立っての踏ん張った警邏隊がこちらの地盤も何とか支えて今に至る 四方大門なだけに、

 “……。”

 視界の隅の方をまで辿らずとも、係官や衛士には警邏隊に属す顔触れがちらほらと見受けられ。

 「…次の者。」

 街へ入る者へは素性改メや持ち物への検閲も一通りのものが行われるが、出る者へ対しては呆気ないほど素っ気なく。一応、最新の手配書との見比べがあるようだが、目と目が合った間合いに愛想の一つも振れば、

 「お気をつけて。」

 旅へのはなむけか、一言挨拶されてもう終しまい。物陰のない荒野に出る旅人だもの、陽よけや砂防のためのかづきを目深にかぶっていたって不審には思われず、よって、手配書まで存在するのかどうかは知らぬが、獄門刑を課せられかけたほどの“元・罪人”であれ、町から出てゆくというものをあっさりと通した係官に罪も科もなかろうて。肝心なのは警邏隊の動きだが、

 “久蔵が放った文が届いておれば。”

 こたびの策に必要な戦力として、どうしても加勢を…と頼り
(アテ)にしているワケじゃあない。ただ、自分たちは出てゆく身だから。だから 後はどうとでもなれとの無責任を言うのじゃないが、街の治安は街の者が守るに越したことはないと思うからこそ、彼らの推参を大きに期待する勘兵衛でもあって。かつて、あの神無村への助っ人として招致された折にも言い置いたこと。この村は、この田畑は誰のものかと。田畑という大地も、そこから得た米も、彼らのものだというなら戦えと。手が足らぬがゆえ、村人らも武器を手にせよと鼓舞する意味合いも勿論あったが、刃向かうと決めた以上は 鋭気をみなぎらせ気概の上でも負けてはならじと、村人たちの心根を貫けとばかりの楔(くさび)を打ったは、戦さの“その後”のことを思ってでもある。ただその場だけ凌げてもしようがない。直接支配を受けていた連中をだけ駆逐出来ても、似たような野犬どもがその後釜として現れぬと誰が言えよう。そんな後難が襲ってもたじろがぬよう、救世主様にただ頼ったのじゃない、自分らも戦った末に追い払ったのだという意識を持たすため…という、そんなところにも小さな戦略を潜ませていた勘兵衛であり。

 “ここをさえ護り切れば。”

 どれほどの一気呵成で押し潰すように突進して来た軍勢があったとて、そうそう容易くは街の中枢へ連なる大路まで至れぬ。そのためにと、久蔵に託した伝言は、敵がもしもなだれ込むことがあったとしたら、どの方角から来るかの目安とそれから………。





    ◇◇◇



 人々の流入による継ぎ足しの盛んだった地であることと、それがための随分と複雑に入り組んだ輻輳した街なので。何でまたこんな、先に何があるでもない長々した袋小路があるんだろうとか、そうかと思や、たいそう細長く伸びた路地の奥がいきなり広々と開けているとか、そういった“なんでまた?”という地形も多々。かつては空艇で乗りつけての、上空から直接に荷を下ろしたり積み込んだりした資材置き場だった名残りだの、元は幅の広かった通りを、自称“地主”が張り合ってのこと、その左右からどんどんと侵食し合ってのよく判らない細い道になってしまったという代物もあって。そんなため、富なり威勢なりを持つ連中が、栄達そのまま上へ上へと居を構えたその跡地、さんざんにいじり倒された下層区域であればあるほど、今現在そこを居周りとしている者であれ、一本の小道がどこへどうつながっているのかを知らぬ部分があっても不思議じゃあなく。

 「……お。」

 歌劇や講堂なんぞによくある天井桟敷、上客用の張り出し席のような見晴らしの出窓があるものの、建物自体は随分と煤けて廃屋寸前のそれ。集合住宅ででもあったらしき石作りの家屋が、すぐ間際に深々と空いた、下層への吹き抜け、断崖のような淵を見下ろすように建っており。そこもまた、流れ者やら無法者、浪人たちが巣くっている溜まり場であるらしく。今は頭目格が不在での待機ということか、手持ち無沙汰がありありと伺える様子で、大の大人らが憮然とたむろしておいで。ただ…これまでの様子とは、微妙ながら一味違ってもおり。のんべんだらりとそれは怠惰に、濁った目のままで薄暗がりの中、ぼんやりごろごろしていた連中だったはずが、

 「またあやつが飛び回っておるぞ。」
 「前の差配の犬か?」

 窓の外、周囲には他に何にも無いほどの高みから、超然とそちらを眺めやる存在の視線へ気づいたクチが、生意気なとでも思ったか険しい顔をしたものの、

 「捨て置け、捨て置け。今に吠えづら かかせてやるわな。」

 したり顔にて薄ら笑いを浮かべるお仲間から、どうどうどうと肩を叩かれ、静まりなされよと宥められているらしき、そんな一通りのやりとりまでもが把握出来。意欲満タン、仕掛けだって怠りは無いと、そんな余裕をさえ匂わせるほどもの変わりよう。

 「…………成程。」

 そこは彼らも元・侍で、もののふとしての個々人の腕がどうのというのじゃなく、軍人としての兵役を少なからずは経験してもおろうから。統率の取れた集団の力、どれほどのものかを思い知れという方向で団結を決めた以上。真の意気地かどうかはともかく、その意識へもまた 芯の通ったしたたかさを取り戻しているということか。

  ―― すっかりと準備を整えて、
     動き出すまで待ってやる義理はなかろうよ

 あの、神無村での合戦では、こちらの準備に時間が要ったため、相手の出方待ちという構えをとった勘兵衛だったが。こたびの場合はある意味で立場が逆だ。一斉に外と内からの蜂起を構えておるのだろから、尚のこと、準備万端整わせてちゃあ何にもならぬ。個々人だの小分けの衆だのの集まり、統率が危うい集団であるという弱点を突き、早めに畳むのが重畳だろうということで、


  ―― ひゅっ・か、と


 朝のまだまだ冷たい風を切る音が、随分と間近へまで飛んで来たのを、その耳でいやにしっかと拾ったな…と思う間もなく。朝告げの小鳥にしては結構な図体の青年が、刳り貫きになっていた見晴らしの窓から、勢いよくも飛び込んで来たものだから。中は大きな一つ間だった広間に十数人と居合わせた男らが、揃ってギョッとし、そちらを見やる。戸も建具もぎあまんも嵌められてはない窓は、さほど広い間口ではなかったはずで。そこを軽々とくぐってのけたは、すらりとした痩躯に真っ赤な衣紋をまとった青年。膝下どころかくるぶしまである長々した裾やら、その頭に冠された それは軽やかな金の髪が、彼が入って来た間口からの風にそよいで揺れ、時が凍りついた訳ではないと教えてもいたが。

 「な……。」

 今の段階ではその手も空手。背中に負った奇妙な鞘もそのままという、非武装なままだということが、押し入られた側の浪人たちをどう動いていいものかと戸惑わせる。明らかに挑発を繰り返していた相手だ、掴み掛かってもいいはずが、あまりに超然と…怯みもしないで立ち尽くす様の静かさが、こちらの判断までもを押さえ込んだ感があり。

 「…………成程。」

 変わったようでいて、その実、根本はまだまだ追いついてはない。自分らの側の段取りに無かったことへの対応へ、的確な英断を繰り出せる駒は…数人ほどはいたかも知れぬが、今はその顔触れも不在ということか。この程度の雑魚どもなれば、他の部屋にもいよう連中も合わせ、ここにいる顔触れは此処で全員を畳んでもよかったが。

  それだと
  勘兵衛の立てた策へは意味がないそうなので。

 周到なのだか慎重なのだか。身ひとつで逃げ出すだけじゃあないのだということ、承知と頷いての賛同した以上は、その指示へ従ってやらねば何にもならぬ。回りくどくて面倒だと思いはしたものの、割り当てられたそのくらい、こなせなくってどうするか。横合いからの朝の陽射しが、赤い長衣紋の青年の金の髪やら白い横顔やら、霞のような反射滲じませ、白々と照らし出す中で、

  ―― しゃっ・しゃりん、という

 これこそ間違いない、刀を鞘から抜き放った擦過音。それが涼やかに鳴り響いたそのまま、横合いからの陽光が どんっという大きな炸裂音とともに容量を一気に増した。さほどに大きな身振りをしたようには見えなんだ、その背中から細身の太刀を抜き放っただけに見えたその一閃にて。

 「なん…。」
 「なんだこりゃっ、」

 触れただけの切っ先で、古くて老朽化していたとしても紛うことなき石の分厚い壁を、あっさりと粉砕した彼だということか。

 「…超振動だ。」
 「まさか、あれは…っ。」
 「空艇乗りしか身につけられなんだ秘技だぞ?」

 その目で見ても信じられぬか、それとも度肝を抜かれて動けぬか。立ち尽くすばかりな連中の後方、廊下になってでもいるのだろ外からどやどやと、別口の顔触れが何人か詰め掛けて、

 「何だ今の音は、…やや、貴様はっ。」
 「押し込みか、襲撃か、たった一人でとは豪気なことよの。」

 ここまでの流れを見ていないからこその強腰で、今度こそは慎重な用心もなしの、それぞれが得物を次々に抜き放ったの見届けて。

 「…………。」

 この彼にはめずらしいほどありありと、だが、お初の彼らにはちょっとした…微かなそれ。口の端を持ち上げて、くくっと小さく微笑ったそのまま、後背に大きく空いた明るい空間へ一足飛びに後退すると、吹き抜けの向こう側、やはり廃屋なのか、生気のなさげな建物の屋上へと達してしまったものだから。

 「ええいっ、生意気な青二才めがっ!」
 「タガシラ殿、追ってはならぬっ!」

 挑発に乗るなとその腕押さえて圧し止める仲間もあったが、

 「あんな小僧の一人や二人、あっと言う間に叩き伏せられるわっ。」

 いきり立った男らにしてみれば、計画は始動したも同然だというに、自分らが単なる留守居なのが落ち着けぬのだろう。それとても重要な役割と、押しいただいて遂行出来ぬから雑魚だというのだと。ここにあの旧友がいたならば、久蔵への説教半分、訳知り顔で言ったろう。その彼とも連動しての一仕事、本当に一握りという極めて少ない陣容にて取りかからんとしている仕儀のうち、

 『お主には、町の中での撹乱を頼む。』

 そりゃあ入り組んで複雑な町の構造は、あまり遠くまで出歩きもせず、果報が向こうからやってくるのを待ってたような連中には把握仕切れていない筈。あちこちへ引っ張り回してやれば、あっと言う間に右も左も判らぬという状態に陥ろう。それぞれの地の利を何とか掻き集めての継ぎ足せても、上空からの把握を得ている存在には到底勝てぬ。よって、混乱させるは容易かろう。

 『外からの伝令が急を告げに来たのへと、
  助っ人が要るなら駆けつけようぞと乗るどころじゃあない、
  合流出来ぬとは何たる不手際と、
  真の現実と向き合って絶望するに違いないほどにな。』

 明日から、いやさ今日からの道行きの連れ、勘兵衛から示された策を遂行するべく。これまではただの睥睨で済ませた挑発を、本格的なおびき出しへと差し替えて。おいでおいでと言う代わり、その細い腕を振り上げて、愛刀の切っ先をぶんっと彼らの側へ一閃したならば。触れてもないどころじゃあない、結構な距離があるにもかかわらず、

 「…………え?」

 屋根が無くなり、その階全部が屋上の代わりのようになっていた広間の端。壁が…あっと言う間に吹っ飛んだから、

 「あんの野郎め、太刀に何か仕込んでやがる。」
 「そ、そうだろうさ。」
 「あの若さで“超振動”を操れるはずが無い。」

 途轍もない砲撃を受けたには違いなかろうに、煽られた格好の勢いは止まらぬか、こちらへ向けて太刀の切っ先振り回すと、

 「そっから動くなよ、お前っ!」
 「叩き切ってやるっ!」

 勇ましい雄叫びくれてから、凄まじい勢いで階上を後にした一団があったの見届け、

 「…………次は。」

 確かも少し東のほうにも、素浪人の溜まりがあったなと。関心はもはやそちらへ移っていた、紅蓮の双刀使い殿であり。何たってこちらには途轍もない知才を持つ軍師がいる。例えば、人の流れは進軍と同じ。こういう市街ならどのように封鎖し、どっちから攻めれば、どっちへ誘えば、どんな流れを導けるか、その千変万化をきっちりと掌握出来ている玄人なので。現地に立たずとも、配置図1枚の上にて策の構築は可能。それを上手に実現出来るかどうかという、実戦担当への把握も万全と来て、

 「…あれは、大門へは向かわぬか。」

 ここの場合は、煽った連中がどっちへ行くか、そこまでは見届けなくともいいと言われた。すぐの至近に警邏隊の詰め所があるし、そちらにしても不意打ちという格好にはならぬ筈。万が一、兵庫殿がこちらの策に乗らねばそれはそれ、

 『町で起こった騒動くらい、自力で鎮火出来ねば名折れでもあろうよ。』

 たとい突発事でも彼らならばねじ伏せられようと。そういう詭弁的な言い方をしたあたり、やはりタヌキな壮年であったが。後々のことを思えば、それもまた道理には違いない…らしく。





 そして、その頼もしき警邏隊本部長殿はといえば。久蔵ほどの風のような身軽さこそないものの、それでも彼もまた 元は斬艦刀に搭乗した空艇乗りだけに。高みから情勢を把握する術には慣れてもいたし、久蔵のささめゆきにて勘兵衛からの伝言を齎された折から以降は、街中の素浪人らの溜まりへの把握も、これまで以上にきっちりと浚っておいたので、

 「西の浪人街で騒ぎだそうです。」
 「こちら、西南西の廃屋で崩落事故の知らせが。」

 街のあちこち、警邏隊詰め所の近隣で起きたらしい騒ぎが、次々と電信にて知らされるのへと、

 「……奴一人で、凄まじい勢いだな。」

 微妙な苦笑をこぼしていた隊長殿だったものが。その手にしていた一際小ぶりな電信器が小さな光を点滅させたのへ気がつくと、それを頬へとあてがっての…数刻後。周辺に待機していた本部づきの隊士らへと高らかに言い放った指令はただ1つ。


  「大門を閉じろ。」


 ただのそれ1つだけだった。




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  *何ヶ月ぶりかという遅れましての更新です。(苦笑)
   しかも、まだ終ってないという凶悪さです。
   一体何年目の春なのだか。
   そんなたいそうな策があるわけでなし、
(おいおい)
   とっとと畳んでしまえばいいんですのにね。
   もうちみっとかかりますようですが、どうか気長にお待ちのほどを…。


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